障害年金ストーリー「高機能自閉症・知的障害」その3 / 5

第5章


 三輪さんの場合、障害年金の申請に際し、お医者さんから書いてもらう書類は、「精神の障害用」の診断書1枚だけだった。しかし、それ以外に用意する書類は少なくなかった。

 まず年金請求書。これは障害年金に限らず、老齢年金、遺族年金など他の年金申請でも必要なものだが、そちらに住所、氏名、生年月日、個人番号、年金振込先の口座名・番号、傷病名、その発病日、初診日、扶養家族などなど色々なことを記入する。

 その他には、「病歴就労状況等申立書」という長い名前の書類が必要だ。私は仕事柄色々な書類を取り扱っているが、この手の事務書類は、やたら長い漢字の名前が付いていることが多い。

 日本人以外はなかなか理解するのが困難だし、日本人にも意味不明なものは多い。専門家でも名前をきちんと覚えていなかったり、管轄する役所も言葉を省略して読んでいたり、 労災保険の用紙などは特にそうかもしれないが、5号用紙、7号用紙など、書類の名前で呼ばずに、番号で呼んでいる。


 話を戻して例の病歴就労状況等申立書だが、これは発病時から申請する現在までの症状、医療機関等の受診歴を時系列で書き、提出するものだ。この書類は、お医者さんが書くものではなく、あくまでも申請する人またはその家族などが書く。これまで障害年金のことなど知らなかった方でも、なんとか書かなくてはならない。しかも、書式は複雑である。

 この書類は表面と裏面とに分かれ、表面は発病時から現在までの症状、医療機関の受診歴などを時系列で書いていく。
 大きく5つのマス目に分かれていて、医療機関が変わるたびに、変わっていなくても、例えば3~5年など時間が経過するごとにマス目ごとに分けて、症状、日常生活で困ったエピソードなどを書いていく。そのため、例えば医療機関を20回変わった人がいれば、原則として20マスに分けて書かなくてはならない。
 (実際には、もっと細かく分ける必要があるだろう。)

 と、書けば書くほど、説明すればするほど、わかりにくく、気が重くなってくるかもしれない。だが、この書類も我々のような社会保険労務士が代わりに書くことは可能なので、 お願いしてもいいだろう。

 ちなみに上記書類の裏面には、主に日常生活能力について自分で申し立てる欄がある。食事、入浴、清掃など具体的な項目ごとにどれくらいできて、どんなことで困っているかを記入したり、仕事をしている方はどのような状況で仕事をしているのか、仕事中や仕事の後に体調の変化はないか、など細かく記入する。この書類は、説明してもきりがないので、説明はこれくらいにする。


 その他に必要なものとしては、個別の状況で異なるが、住民票、所得証明書、年金の振込先口座の通帳コピー、戸籍謄本など。三輪さん(仮名)の場合は、「20歳前障害」という扱いになり、所得証明書または課税・非課税証明書が必要になる。「20歳前障害」というのは、障害年金のちょっと複雑な制度の話なので、ここでは割愛することにする。

第6章

 
 三輪さんとは主にメールでやり取りをしながら、手続きを進めていくことになった。お母さんの仕事は多忙で不規則な事から、電話等よりもメールのやり取りの方が都合が良いとのことだった。障害年金の手続きで、私自身が一番多く使う連絡手段はメールだ。

 急ぎの時などは、電話をかけたりするものの、中にはすべての連絡をメールで行うことも少なくない。それできちんと意思の疎通が図れるのか、と疑問を持つ方もいらっしゃるだろう。それが意外とスムーズに行くことが多い。仕事でメールを書く方も多いし、使い慣れている方には電話より負担が少ないのかもしれない。とはいえ、LINEを使ってやり取りする、ということはない。単に私が使ったことがないだけの理由なのだが・・・。

 最近になってようやくスマホを買った私は、自分の事務所のホームページがスマホ対応になっていないことでどれだけ見づらいか、ようやく知った。パソコンに表示するボリュームをスマホの小さい画面に表示するので見づらいこと・・・。今後はホームページをスマホ対応にしようとようやく悟った次第。


 三輪さんには初回の面談で、英男さんの日常生活で困っていること、自分で行うのが難しいことなど、ざっくりと伺った。今度はそれを掘り下げて聞いていく。私は、ワードで質問事項を作成して、それを三輪さんのアドレスに送信した。三輪さんもお忙しいだろうし、一度に大量の文書を送ることは避けている。少しづつ質問しながら、三輪さんの回答を参考にさらに質問を続けていく。そんな地道な作業が2週間ほど続いた。


 そうそう、障害年金の申請をするに当たり、三輪さんからはかかりつけ医であるA病院のB先生に「英男が20歳になるので、今度障害年金の申請をしたい」旨お伝え頂いた。これは弊事務所では、お客様に必ずお伝えしているつもりだ。(記憶力が怪しいので、確信はないが。)
 そのうえで、障害年金に必要な診断書を書いていただけますか? と、主治医先生に聞いてもらうことにしている。精神科の先生など、障害年金の診断書は書きなれている方が多い。そのため英男さんの場合でも、あまり心配はしていなかった。B先生からも「その時は書き ますので言って下さい」との返事だったそうだ。


 では何故わざわざ事前に頼むのか? 理由はいくつかある。

一つは、障害年金の申請をしたい、と患者さんが意思表示することによって、主治医先生の患者さんへの認識が、ある程度推測できる。
 主治医先生が、その患者さんは障害年金に該当しそうかどうか? を判断されて、申請すべき、と思えば勿論承諾してくれるだろう。
 しかし、先生が「それほど重度ではない」という認識だったら、事情は変わってくる。その点を見極めたい、というのが一つだ。

 そして二つ目は、主治医先生が「障害年金」という制度そのものに対して、どのような認識なのか? がある程度、分かることだ。
 これまでの臨床経験の中で、どれだけ障害年金の診断書を書いたことがあるか? それひとつとっても、障害年金への「イメージ」は違ってくるだろう。「障害年金は働いているともらえない」「障害年金をもらうことが病気の回復に対してマイナスになる」そのような「イメージ」を持たれていることもある。また、「診断書を書いたことがないので、社労士 に説明してもらいたい」と言われることもあるし、主治医先生が疑問を持たれている場合等、直接社労士に電話がかかってくることもある。

 いきなり外来で「診断書を書いて欲しい」と書類を渡されるより、事前にある程度の根回し(最近は、あまりいい意味では受け取られない言葉かもしれないが。)をしておいた方が、多忙なお医者さんの理解を得やすくなる。


 そして、三番目の理由としては、やはりお医者さんには気を遣うからだ。診断書を依頼する側としては、なるべく主治医先生に気分よく診断書を書いていただきたい。それが結局のところ、診断書作成までの時間短縮など、お客様の利益にもなると思う。そういう点を踏まえて、主治医先生との間にトラブルを起こさないためにも、気を遣い、入念に準備をした上 で、仕事は進めていきたいのだ。


 2週間ほどの三輪さんとのやり取りで、英男さんの症状、病歴等はある程度把握が出来た。今度はそれをきちんと資料にまとめていく。

 三輪さんからご依頼を頂いたのがお正月明けだったが、現在は節分を過ぎ、2月も中旬になっていた。春が間近に迫ってきている。日もだいぶ伸び、太陽の日差しが温かく感じられる日も増えてきた。
 英男さんの20歳の誕生日は4月上旬。誕生日以降に申請が出来るようになるが、主治医先生が診断書を書くための期間を考え、そろそろ依頼しておきたい。主治医先生に診断書を作成いただく際の書類を、私は鋭意作成した。


(社会保険労務士 海老澤亮)

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