障害年金社労士の独り言 ~ガン・サバイバーとして思うこと。その2

障害年金社労士の独り言 ~ガン・サバイバーとして思うこと。その2

今回も前回に引き続き、私のがん体験を書いてみます。暗い話ですね、はっきり言って・・・。暗い話が嫌いじゃなければ、お付き合いくださいませ。

再発の恐怖

前回は主治医先生に恵まれ、大学病院に入院して悪性リンパ腫の治療をしたところまで書きました。入院したのが平成19年9月で、職場復帰したのが同年12月でした。

本音を書きますと、それ以来「病気が再発したらどうしよう」という恐怖感がありました。(ありましたというものの、本当は今でもあります。)

自分の体に少し「変だな?」と思うことがあると、すぐ病気と結びつけて考えてしまう。勤務先の健康診断で「肺に影がある」と書かれていた時は、「肺に転移したんだろうか?」と思い、すぐに近くの病院で再検査をしました。(その時は、レントゲンの機械が古く、うまく映らなかっただけ、とのことでしたが・・・。)ちょっとした異変でも敏感に反応してしまう、そんな気の弱い自分なんです。

また、入院する際に主治医先生ではなく、入院時の担当の先生から「15年経っても再発するから」とわざわざクギを刺されたことも、ネガティブに考える一因なのでしょうか。私自身は、「なんかあった時のための医者の保身、言い訳」なんだろうなとは思うものの、患者としてはせっかく前向きな気持ちで治療しよう、と思っているのに、足を引っ張る一言だと思いました。ただ幸い、私の主治医先生は、明るく前向きでマイナス言葉を言わない方なので、(私はそうでもないですが。)主治医先生と一緒に、なんとか前向きに治療はできましたが・・・。

治療終了後も半年に1度大学病院を受診し、定期的に検査を受けていました。CTやPET-CT、MRI、腫瘍マーカーの血液検査など・・・。腫瘍マーカーの数値が少し上がると不安になりました。でもその時は、とある方にご相談して「お医者さんを信じなさい」と言われ、「先生のおかげで今の自分があるんだから、先生を信じよう」と思い、特に何事もなく10年が過ぎました。平成29年末を最後に大学病院の定期的な受診は「終了」となりました。それ以来、10年間お世話になった主治医先生とはお会いしていません。

何のために生きるのか?

死を身近に感じますと、私でも「何のために生きたらいいんだろう」などと考えました。結局、「家族のために生きたい」と思いました。

仕事はあくまでも家族のため。

それが最重要事項。社会貢献ははっきり言って二の次。あくまでも家族が一番。

でも、不思議な事でした。私自身はもともと、「家族といる時間」は「生産性のない無駄な時間」だと思っていましたから・・・。家族といても、別に仕事の能力が上がる訳でもない、お金が稼げる訳でもない・・・などと思っていましたから・・・。

それでも、死ぬことを考えると、最低でも「家族のためになることをしたい」と思いました。何故そう考えたのか? よく分かっていませんが・・・。でも、家内、母、長男、次男。この4人と同居していますが、それが私にとっては一番重要なんだと思います。

余談ですが、私の大好きな映画に「グラディエイター」というものがあります。話の筋はローマ帝国時代の将軍が裏切りにあい、妻と子供を殺された後、奴隷に成り下がるのですが、そこから剣闘士(グラディエイター)として這い上がり、最後は仇を討つ、という話です。
この話の中で、妻と子供の命の危機を感じた主人公が必死で故郷に戻ろうとする道中、「妻と子供をお守りください。それ以外は塵芥(ちりあくた)」というセリフがあります。私だけではないでしょうが、このセリフには強く共感します。
私も家族がいなくなったら、生きる意味がないと思ってしまうでしょう。

だから、障害年金の仕事も結局のところ、私にとっては「大事な家族を養うための仕事」というのが正直な話です。勿論、障害年金が受給できれば皆様ホッとされて、喜んでくださり、私も「よかった」とホッとし、充実感を得ます。社労士の仕事としては「成果が目に見える」非常にやりがいのある仕事ですが、それでも私の場合は、あくまでも家族のためにやっていることです。

では、本当に家族のために生きているのか?

たいそうな事を書きましたが、では実際のところ、どうなんでしょうか? 私自身がどれだけ家族のために生きられているのか? せいぜい人並がいいところでしょう。家族思いの父親か? というと、そんな大したものじゃないです。全然。家事も大してやらない。ほとんど家内と母まかせ。子供のことも家内まかせ。ただ、多少ましなのが、夫婦げんかをしないことでしょうか。夫婦げんかで子供たちが家に居づらくなる事はないと思いますが、それくらいなものです。いうほどのことはできていません。

考える。自分はいつまで生きなくてはならないか? と。

話は変わりますが、果たして自分は「何歳まで生きなくてはならない」か?

そんなことを考える時があります。例えば、

次男が20歳になるまでか?

長男が結婚し、孫が生まれるまでか?

母親が亡くなるのを看取るまでか?

家内が亡くなるのを看取るまでか?

などと・・・。

勿論、そんなことを考えても、自分にはどうしようもない事だと思いますし、きりがないです。(これは、人間がどうこうできる話ではないですもんね。)

突然自分が亡くなるようなことがあっても(すみません。こんな陰気くさい話を書いて。)、家族がなるべく困らないように・・・そんなことも考えますが、具体的なことはできていませんし。

なんだかんだ言って、「死」の感覚は日常生活を繰り返す中で、どんどん遠くに行ってしまいます。現実離れした話として・・・。

だから、意識していないと、ただ仕事に流された人生になってしまう。このところ、時が過ぎるのが速く感じるし、自分も流されているな、と思います。

最近やっていることとしては、断捨離のようなもの? です。例えば、自宅の本棚の本を整理する。(捨てる。)昨日は300~400冊くらい捨てました。人生でもう二度と読まないだろうな、という本は捨てました。そうすると、なぜか気持ちがすっきりしますね。(これはお勧めです。)自分の身の回りを整理すると、気持ちも整理できるし、人生がシンプルになるような気がしています。まだ、大した経験談もないですが・・・。

行動は?

これから先の人生、どれだけの時間が残されているのか? 人は皆知りません。平均寿命という考え方は、ちょっと悩ましいですが、平均寿命に達しないと損した気持ちになる。それまではなんとか生きたいとも思う。

それと、なるべく自分の生きたいように生きたいな、と思います。時間は有限。(ということは分かっているけど、日々の忙しさの中で忘れていく。)やりたくないことは、もうやめた。とできれば、人生もシンプルに、少しは有意義に過ごせそうですが・・・。自分では出来ていません。ただ、自分から自分に枠をはめ込まないように、なるべく自由に生きようと思っています。(家内からは十分自由に生きているじゃない、と言われていますが。)

「人生の価値は、人生の長さじゃないよ」

私の尊敬する社長さんから聞いた言葉です。その方は、若くして奥様を亡くされ、会社も大変だった時期に奥様の看病とお子さんの面倒を見られた立派な方です。ですので、非常に実感のこもった言葉でした。私もそれに同意いたします。

だから、そんな言葉がちゃんと言えるように、精一杯楽しみ、精一杯働いて、精一杯の人生を送りたい。なんだかまとまらない身の上話でしたが、そろそろ終わります。

なんでこんなこと書いたんだ? と怒られそうですが・・・。本音を書き、本音で生きたいですね。お付き合いくださいまして、ありがとうございました。(社会保険労務士 海老澤亮)